貿易はそれ自体目的なのではない。より高次の目的を達成するための手段にほかならない。自由貿易推進論者はこのことを無視し、貿易そのものを目的だと勘違いしている。私は、このことを『Can We Survive Together?』(仲良く生存できるだろうか)という英文冊子(1999年)で論じたことがある。貿易は、生存という人間にとっての絶対的価値に奉仕する手段の一つにほかならないという主張を展開した。「人と地球のために貿易を働かせよ」(Making trade work for people and the planet)という主張がカンクンのあと海外にみられるが同様の主張であるといえる。そこにある理念あるいは概念は、公正であり、持続可能性であり、貧困の克服であり、人権である。単純な貿易自由化ではない。
かねて私は生存相当量(Survival Equivalent)という概念を提唱している。生存を支える基本的な柱である(1)食、(2)環境、(3)社会、それらの背景にある(4)文化について、それぞれ最低の基礎的必要量を計量するのである。それぞれの国・地域について計量し、これを自由貿易の枠外とする。
貿易は、少数の強い国の国益に奉仕するものであってはならない。少数の多国籍企業の商益に奉仕するものであってはならない。もっと公正な地球秩序の形成に向け、WTOの根本的な変革が今求められている。 |