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原 剛 写真
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授
 
2005年1月11日 掲載

  熊に詫ぶ禿頭五尺十八貫 (富山県 野尻徹治)

  前書きが欲しい。それによって、作者の躯(からだ)を投げだして詫びようとする心底が更に伝わる。むろん「禿頭」云々は自身の肉体のこと。

  昨年十二月十二日、朝日新聞俳壇、金子兜太選一席の句である。おそらく作者も選者も少年時代に心躍らせた、宮沢賢治の童話「なめとこ山の熊」を思い浮かべていたのではないだろうか。

  熊捕り名人、淵沢小十郎は熊の月の輪をめがけてズドンとやるたびにこう言うのだった。「熊。おれはてまえを憎くて殺したのではねえんだ。おれも商売ならてめえも射たなけあならねえ。てめえも熊に生まれたが因果なら、おれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生まれんなよ」

  冬のある日、小十郎は大きな熊と対決、頭に一撃をくらう。意識が遠のく小十郎は、遠くでこう言うことばを聞いた。「おお小十郎、お前を殺すつもりはなかった。」

  それから三日目の晩、山頂で凍てついた小十郎を囲んで、黒いものがたくさん輪になって集まって、じっと雪に伏したまま動かなかった。

  なめとこ山の熊たちは、老いた母と貧しい一家を養うために熊を撃つが、決して熊を憎んでなく、雪か、花か、見まごう早春の景に見とれる母子熊の会話に、胸がいっぱいになって身を退く小十郎が大好きだったのだ。

  赤黒いごりごりしたおやじで、胸は小さな臼くらいあった。「禿頭五尺十八貫」、豪気な小十郎の姿をほうふつとさせる。

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